ちった図書室 ~Bibliothèque de Cittagazze~

手当たり次第に読んだ本を手当たり次第に記していこうという、意気込みだけは凄い図書室。目指すは本のソムリエです。

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『世界の合言葉は森』

ル=グウィンを読むには勇気が必要だ。
私が敬愛してやまない作家。
真正面から向かう覚悟がなくては、読むことが出来ない。

同じ「暴力」というテーマを扱いながら相反する2編。



「世界の合言葉は森」

これは「男の話」だ。
暴力には、暴力を。

舞台は惑星ニュー・タヒチ。
「木」が何より貴重となった地球へ、伐採しては輸出している。
ゴールドラッシュならぬツリーラッシュというわけだ。

しかし、豊かな森にはもともとアスシー人が暮している。
そこで地球人はアスシー人を「クリーチー」という蔑称で呼び、奴隷として痛めつけた。

アスシー人は問題が起こったとき、唄を歌う。
そうやって解決してきた。

しかし、地球人が現れて初めて「暴力」という概念を知る。
新しい概念は森から森へと伝播する。

アスシー人のセルバーには唯一心を通わせた地球人、リュボフがいた。
報復の嵐のなか、セルバーとリュボフはこんな会話をする。


「わたしとて同じだ。人間だ。かれらと同じ、きみと同じだ」
「いいや。あなたはちがう――」
「わたしはかれらと同じだ。そしてきみもだ。聞いてくれ、セルバー。これ以上やるな。もう殺してはならない。きみは戻るべきだ……きみ自身のところへ……きみの根っこへ」



セルバーは初めて「罪」を知る。
アスシー人が人間に抗する為に、いや、被害にあって初めて覚えた「暴力」と「殺人」。
そして、それに伴う「罪」。

地球人が去っても、アスシー人は唄を歌うだろうか。
それだけに止めることが出来るだろうか。

本作はネイティブアメリカンを強く想起させる。
ル=グウィンの父が「イシ」という最後のネイティブアメリカンを保護していたことも。
そして、その後の歴史も。



「アオサギの眼」

これは「女の話」だ。
覚悟をもって生きる力。

舞台は惑星ヴィクトリア。
資本主義のヴィクトリア・シティーと社会主義のシャンティー・タウン。
人々はこのどちらかに属して暮らしている。

主人公のラズ・マリーナは、シティーで暮らしながら、シャンティーに強い興味を持っている。
シャンティーのレヴに出会ってからは、シティーでの生活や考え方に疑問を抱くようになった。

シティーはタウンを支配したがっている。
それは己の肯定を根本から覆す恐怖なのだが、認めようとはしない。
だから、コロニーが大きくなり移住しようとするだけで、シティーの人々には脅威に映る。
暴力で抑え込もうとする。

話し合いに持ち込むタウン側だが、遂には武力蜂起に至る。
責任の発端がラズにあることも、本人はよく解っている。
ただ、それは投じられた石のひとつに過ぎない。

ラズは暴力でしか解決できない男たちを目の当たりにする。


「(略)だってかれは男だったから。男ってそういうことするでしょう。理由はみなあとでつけるのだわ」


「アオサギの眼」は「ラズの眼」だ。
この“アオサギ”は地球の鳥ではない。
美しい池に住んでいる、美しい生き物。
シティーの住民はなんでもかんでも「地球ふう」にしたいだけで、自分たちの事も「セニョール」「セニョーラ」と呼び合う。

ラズは思う。
地球の名前を使っているなんておかしい。
ヴィクトリアなんて名前もおかしい。

ぎゅっと強く土を握って、手の上に土の球を作るラズ。


「これが神なのよ」
「これがわたし。そしてあなた。ほかの隊員たちでもあるのよ。そして山でもある。わたしたちみな……ひとつの円なのだわ」



様々な決意を含むセリフだ。
そして、新しく生きていく覚悟を、こんな美しいことばで表す。


「今夜は踊ると思うわ」







| アーシュラ・K. ル=グウィン | 19:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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