ちった図書室 ~Bibliothèque de Cittagazze~

手当たり次第に読んだ本を手当たり次第に記していこうという、意気込みだけは凄い図書室。目指すは本のソムリエです。

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『わたしを離さないで』

この作品と対話できたのは最高のギフトでした。

映画化された際少し気になっていたので、始めの数ページで語られる「ネタバレ」は知っていました。
でも、それでさえ、知らなかったらどう感じたろうという気持ちが消えません。
たいして変わらなかったかもしれない、けれど、知らないまま読みたかった、とどうしても思います。

その意味でこのレビューはとても難儀ですが、チャレンジしてみようと思います。



まず「対話」と表現したのは、こんな情景が浮かんだからです。

……私はインタビューを取り付けた“介護人”という職業の女性の部屋を訪れます。
私が聞かされているのは、その人の名前と、社会的な役割だけ。

緊張しながらノックをすると、「どうぞ」という落ち着いた声が返ってきます。
迎え入れてくれたのは、聞いた年齢より少し年かさに見える女性。

挨拶のあと席を勧めてくれたその人は、促すまでもなく話し始めます。
ひとつ息をついて、目を閉じて、ゆっくり開いて。
私の目を真っ直ぐに見て。


私の名前はキャシー・H。いま三十一歳で、介護人をもう十一年やっています。


自然に語られる子供時代の出来事。
ヘールシャムという施設で感情豊かに過ごした日々。
友達との悪ふざけ。
親友との喧嘩や仲直り。

キャシーの話は分かりやすく、時にユーモアに満ちて、時に緊迫感が漂います。
表情は豊かながら落ち着いていて穏やか。
遠くを見るような優しい眼差しが印象的で、右に左にと瞳を揺らしながら、それでもしっかりこちらを見てくれています。

週に一度の健康診断。
生徒に芸術の大切さを説き、頻繁に行われる展示会。
ヘールシャムとはそういう「校風」なのでしょう。

看護婦にあだ名をつけたり、消灯時間後のナイショ話。
一見普通の寮生活ですが、何かが足りない、と私は感じ始めます。
生徒のバックボーンが見えてこない……。

それでも、キャシーの話は流れるように進みます。
思春期を迎え、大人になって、どうやって今の職業に就いたのか。

キャシーには子供の頃から、特別に大きな存在を占めるルースとトミーという友達がいると言います。

ルースは女の子グループによくいるタイプ。
知ったかぶりで強がり。
でもそうやって突っ張っていることで、自分や周囲を守っていると信じています。

トミーは癇癪持ちで、運動が得意な男の子。
子供の頃はいじめられるけれど、成長するに従って落ち着いていくタイプ。
そういう人はなかなか鋭い感性を持っています。

その三人がどう育ち、どこへ行き、一緒の思い出を、またはそれぞれの思い出を作ったか。

子供の頃、繰り返し掛けられた言葉をどうやって理解したか。
キャシーと、ある女性が思いがけず共有した時間の、その行動の本当の意味を知ったのか。


静かに語り終えたキャシー・Hに、私は深々とお辞儀をして、辞去します。
お礼と共に添える言葉がみつかりません。
ただただ、話してくれたことへの感謝と、これからの生活が少しでも穏やかなものであるようにと、祈るしかありません。



この、抱きしめたくなるような作品に出会えたことは、素晴らしいギフトでした。
キャシー、ルース、トミーをはじめとした登場人物の姿を、明確にイメージすることが出来ます。
荒涼とした大地が続く、身を寄せ合いたくなるように寒いイギリスの光景も、この作品に欠かせない舞台です。
そのイメージを大切に持っていたいと思います。

それは、

ヘールシャムはわたしの頭の中に安全にとどまり、誰にも奪われることはありません。

こう語ってくれた、キャシーのなかのヘールシャムと同じものかもしれません。


ゆっくり目を伏せたキャシー・Hの姿が、私にはやっぱり視えるのです。




| 海外 | 21:38 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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魂をバベられる!「バベルの塔展2017」

ピーテル・ブリューゲルの「バベルの塔」

文字だけでも迫力がある気がします。
それを実際に目撃してきました!


BABEL-2017



迫力がありますよね。
もの凄い描き込み方ですよね。
どんなに大きな絵だろう、と思っていたわけですよ。

しかし、この絵、小さい。

「バベルの塔」に限らず、「サイズの小ささ」は今回展示されていたオランダ絵画全体に共通することでした。
家に飾るのにジャストサイズ。


当時、イタリアではルネッサンス文化華やかなしり頃。
ダ・ヴィンチやミケランジェロは、潤沢な資金源を得て「割と自由に」作品に取り組んでいました。
しかし、オランダの情勢は不安定。
ブリューゲルやボスは、お金持ちをパトロンにして「かなり自由に」作品に取り組んでいた印象を受けました。



そして、とにかく「よく分からないもの」を描きこんでしまう画家、ボスの登場です。


ヒエロニムス・ボスの「聖クリストホロス」

Christophoros


芥川龍之介の『きりしとほろ上人伝』の元にもなっている、キリスト教のエピソードから。

後ろの木に壷がかかってるかと思えば、その中に小人がいたり。
本当によく分かりません。



ボスといえば不可思議生物
私は“ボッシュ”だと思っていたので上の宗教画と同じ画家だったことに驚きました。


「快楽の園」

GardenED00



一部を拡大してみましょう。


GardenED02


うん。


GardenED01


う~ん。

……こういう時、どんな顔をすればいいのか分からないの。



さて、次。

複数の画家が描いていた「ソドムとゴモラから逃れるロトと娘たち」の図。
天使に先導されていたりもしますが、「塩の柱になっちゃったお母さん」が描かれているのが共通点。


ヨアヒム・パティニール周辺の画家による「ロトと娘たち」

Sodom-Gomorrah



この絵!
この絵に会えるとは!!
子供の頃に本で見て「ひえ~」と思った作品だったので、実物が見られてラッキーでした。

「ひえ~」というのは、この場面の意味。
娘たちは交代でロトに酒を飲ませ正体をなくさせた上で、代わる代わる父親と交わり子を生そうとするのです。
さすが「旧約」です。
アグレッシブです。


今回は、ネーデルランド絵画の歴史を学べた美術展でした。
宗教画の概念を覆すような作品の数々。
常識をぶち壊すボスの世界観。
そして、決して豊かではないけれど、その土地に息づいている人々の暮らしや風土。

知らない世界が沢山あるなぁ。
お土産はキモカワグッズが溢れてましたよ~。


【公式サイト】バベルの塔展 16世紀ネーデルランドの至宝 -ボスを越えて-

| 美術展 | 14:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『三つの棺』

幕開きはロンドンの酒場。
予告された殺人と、かつて墓から蘇った男。
用意された三つの棺。
吸血鬼伝説と復讐。
雪に囲まれた家で起こった足跡のない殺人……。

このオカルトチックな雰囲気に興味をそそられ一気に引き込まれる。
探偵役のフェル博士は、なかなかどうして面白い人物だ。
なにせ、以下のようなセリフを放ってしまうのだから。


「われわれは探偵小説のなかにいるからだ。そうでないふりをして読者をたぶらかしたりはしない(略)隠し立てもせず、もっとも高貴な態度で本の登場人物であることに徹しようではないか(略)」


これこそが有名な 「密室講義」
そしてなんと、フェル博士自ら「興味がなければ読み飛ばしてよろしい」と読者に呼びかける。
ここの章は本編と関係ナイからネ、と。

しかし、関係ないからといって本の世界から読者が追い出されることはない。
部屋の一角で「同席する」栄誉を得ることが出来るのだ。
言い換えれば、「本の中に入れる」。
なんて贅沢な!

勿論、私はメモ用紙とペンを手に飛び込んだ。
フェル博士からちょっと離れた椅子に座った感じ……。
そして、充足感と大量のメモを持って本の世界から帰って来た後、殴り書きを整理してから「読者」に戻ることにした。

本編のトリックに関しては「これ、犯人忙しすぎるんじゃない?いくら……でもさ」という感想。


好き嫌いが分かれる作品ではあるだろう。
創元版のフェル博士とのイメージとも違う。
ハッキリ言えば創元版の博士の方が遥かに魅力的でチャーミングだ。
表紙もなんだか味気ない。
ハヤカワ版には時々こういう本があって困惑する。
そこがちょっともどかしい。

ついでに言うと、角川版のエラリィくんの表紙には「ぐぇぇ」と声を漏らしてしまった。
イメージが全く違う。ヤメテクレ。読む気もしない。

最近のミステリ新訳ブームは、作者からの「講義」から読者同士の「談義」にも繋がりそうだ。





| 長門有希の100冊 | 06:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『ユダの窓』

ヘンリ・メルヴェール卿(H・M)法廷に立つ!

密室に存在する「ユダの窓」。
これ自体はさして難しくないと思う。
H・M卿がちょこちょこヒントをくれるし。


「いいや。それが本件の風変わりなところなんじゃ。あの部屋が普通の部屋と違っているわけではない。家に帰って見てみるんじゃな。ユダの窓はお前さんの部屋にもある。この部屋にもあるし、中央刑事裁判所(オールド・ベイリー)の法廷にも必ずある。ただし、気づく者はほとんどおらん」


今回は裁判を進行しながらストーリーが進むので、それも楽しい。
H・M卿の大胆な手法を必死になって支える、いや、抑えようとする秘書のロリポップ嬢の奮闘ぶりが可愛くて好きだ。
描写はほとんどないのだけれど、躍起になってるのが伝わってくるのが凄い。
そのちょっとの描写でクスクス笑ってしまう。

語り手であるケンの妻、イヴリンもまた魅力的だ。
傍聴席での二人の会話で「ホラホラ、おじいちゃんってば、これはツライわよ~!」なんて言われると臨場感が増す。

とにかく今回はフーダニット、犯人当てに尽きる。
そして改めてタイトルを見ると……。
うわぁ、お見事!

カー作品はもう夢中になって何冊か読んでいるけれど、隙がなくてレビュアー泣かせだ。
でも、書きたいのだ。魅力的なのだ。
うーむ、がんばるっ。



 

| J.D.カー/カーター・ディクスン | 18:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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