ちった図書室 ~Bibliothèque de Cittagazze~

手当たり次第に読んだ本を手当たり次第に記していこうという、意気込みだけは凄い図書室。目指すは本のソムリエです。

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『私のギリシャ神話』

阿刀田氏のギリシャ神話愛溢れるエッセイ。
私もギリシャ神話好きの一人なので、本棚から出しては繰り返し読んでいる本の一冊だ。

紹介されているのは18の物語。

・プロメテウス---火を教えた神
・ゼウス--------ジュピターは博愛主義?
・アルクメネ-----ヘラクレスの母
・アプロディテ---愛と美の女神
・ヘレネ--------もっとも美しい女
・ハデス--------ギリシャの閻魔さま
・アポロン-------月桂樹は恋の名残り
・ペルセウス-----夜空にかかる英雄
・アリアドネ------私を連れて逃げて
・メディア--------毒草と恋ごころ
・オイディプス----運命の悲運の代表として
・イピゲネイア----生け贄の娘
・シシュポス------巨石を押し上げる知恵者
・ミダス----------黄金を愛したロバの耳
・ピュグマリオン---女神像を愛した男
・ナルキッソス----自己愛の始まり
・オリオン-------もっとも古い美丈夫



挿絵は、なんと世界の名画という豪華版。
ボッティチェリの「ビーナスの誕生」が、どーんと見開きで載っているのだ。

私自身、ギリシャ神話は子供の頃から名画と共に親しんできた。

特によく覚えているのがモラッツォーネの「ペルセウス」。
「ペルセウス、カッコイイ!」じゃなくて、「怪物カッコイイ!」と思っていたのは我ながらどうかと思うが……。
モローの「オルフェウス」は実物を鑑賞して、その迫力と情念に圧倒されたのを覚えている。

今回、『新トロイア物語』 の後でページを捲っていくと、また違った面白さを発見できて、改めてギリシャ神話の奥深さや魅力を実感した。







| 阿刀田高 | 13:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『新トロイア物語』

ウェルギリウスの叙事詩『アイネイアス』を現代日本人の目線で書いたらどうなるか……、という意欲作。
あくまでも現実的にパリスとヘレンの駆け落ちやトロイの木馬が描かれる。
それが実に生き生きとしていて面白い。

とはいえ、神々とは切っても切り離せない時代の話。
ギリシャ神話は最低限、頭に入れておいた方がいいだろう。
(オススメは同著者の 『私のギリシャ神話』 と『ギリシア神話を知っていますか』の二冊)


物語の主人公は、トロイア王家の血を引く青年アイネイアス。
彼がトロイア戦争敗北を喫した後、故国再建を求めてローマの礎となったラウィニウム建国するまでが描かれる。
叙事詩らしく、なかなか壮大だが馴染み深い工夫が随所に施され一気に読める。
登場人物の心の機微も繊細で興味深い。

アイネイアスには美しいプラチナブロンドから「銀」という渾名がある。
土地の名前や人物が多数登場するが、こうした渾名を付すことで特徴や役割と共に覚えやすい。
きっと昔の人もそうだったのだろうなぁ、とも思う。

物語の核は、パリスによるヘレネ略奪に際しての「テュンダレオスの掟」を建前としたギリシアによる「錫」を求めた戦争である。
「テュンダレオスの掟」とは絶世の美女・ヘレネが結婚する時に求婚者全員が交した約束事だ。
ざっくりいうと「抜け駆けした野郎は全員でフルボッコしますよ」というもの。
錫の産地を欲しているギリシア側にとって、ヘレネ略奪事件は「国ごとフルボッコ」する格好の口実になったのである。

敵方の大将であるアガメムノンが、また狡猾で憎々しい。
こうして読者が思いっきり憎める相手と、「建前」という船に「本音」の帆を孕んだ大船団がトロイアへ攻め寄せた。

そこからは有名なエピソードのオンパレード。
なかでもヘクトルとアキレウスの一騎打ちは印象深い。

勇ましいヘクトル、人情に厚いアキレウス。
軽薄なイメージのあるパリスでさえ自身の心の揺れに悩む描写があり、アイネイアスとの友情にも納得させられるものがある。

歌舞伎の演目なんかにしたら、凄い見せ場になりそう。
……と、実はここに「面白さの秘密」がある。

登場人物が日本の武士なのである。
これは作者が「あとがき」ではっきりと述べている。
神々が登場する英雄譚の、遥か彼方の時間を超える事は想像するのも難しい。
それならば考え方や価値観、それらを資料を基に許す限り「日本の武将」として描くしかない。
だから、読んでいて面白いのだ。
登場人物の気持ちが理解できる。
生け贄の習慣などシンパシーを覚えるかどうかはともかく、解釈が可能でなければ物語は成立しない。読み手はついていけない。
この部分の肉付けが見事だ。

後半では、カルタゴのエピソードもじっくり描かれていて面白い。


なんとなく知ってたけど、ちょっと調べてみようかな。
そんな知的好奇心も刺激してくれる、とても贅沢な一冊だ。






【蛇足】
「プリキュア」っていう人がいそうでいなかった。
いや、実際はいたかも……なんてね。

| 阿刀田高 | 12:56 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『蝋人形館の殺人』

舞台はパリ。
怪しげな店が密集する裏路地には「悪魔・メフィストフェレス」が現れる。
悪魔の正体は、あろうことかパリ警察の顔、アンリ・バンコラン予審判事だ。
彼が現れると、裏路地は緊迫した空気に包まれる。
その服装によって店主や客は対応を考えなくてはならない。


バンコランが普段のスーツならば、非番にふらりと寄っただけの話だ。

ところが、タキシード姿になると、何やら追ってはいるが当面は泳がせているしるしだ。

だが、おなじみの燕尾服にシルクハットと銀の握りのステッキを合わせ、笑みが心なしか少なめ、左腋の下がほんのりふくらんでいようものなら――よろしいかな、ひと騒動ありますぞという知らせであり、店内の一同がその含みを十全に察知する。


語り手はアメリカ人で作家、ジェフ・マール。
友人であるバンコランのお供をする時は、当然「何を着ていくか」が最重要であり、まず訊ねなくてはいけない事柄だ。

実は本作で大活躍するのはバンコランではなく、このマール君である。

「バンコラン、仕事しろ!」
そう言いたくなるが、いやいや、大変な仕事があるのですよ。
読了後、その場で寝転んでシタバタしてしまった。
怖い!
怖かった!!
ラスト数ページの恐ろしさ……!

まさに悪魔メフィストフェレスのような取り引き。
犯人の大胆さ。
バンコランの整った顔立ちに浮かんだ微笑が、いまだに頭から離れない。







| J.D.カー/カーター・ディクスン | 18:16 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『世界の合言葉は森』

ル=グウィンを読むには勇気が必要だ。
私が敬愛してやまない作家。
強烈な「愛」を描く作家。
真正面から向かう覚悟がなくては、読むことが出来ない。

同じ「暴力」というテーマを扱いながら相反する2編。



「世界の合言葉は森」

これは「男の話」だ。
暴力には、暴力を。

舞台は惑星ニュー・タヒチ。
「木」が何より貴重となった地球へ、伐採しては輸出している。
ゴールドラッシュならぬツリーラッシュというわけだ。

しかし、豊かな森にはもともとアスシー人が暮している。
そこで地球人はアスシー人を「クリーチー」という蔑称で呼び、奴隷として痛めつけた。

アスシー人は問題が起こったとき、唄を歌う。
そうやって解決してきた。

しかし、地球人が現れて初めて「暴力」という概念を知る。
新しい概念は森から森へと伝播する。

アスシー人のセルバーには唯一心を通わせた地球人、リュボフがいた。
報復の嵐のなか、セルバーとリュボフはこんな会話をする。


「わたしとて同じだ。人間だ。かれらと同じ、きみと同じだ」
「いいや。あなたはちがう――」
「わたしはかれらと同じだ。そしてきみもだ。聞いてくれ、セルバー。これ以上やるな。もう殺してはならない。きみは戻るべきだ……きみ自身のところへ……きみの根っこへ」



セルバーは初めて「罪」を知る。
アスシー人が人間に抗する為に、いや、被害にあって初めて覚えた「暴力」と「殺人」。
そして、それに伴う「罪」。

地球人が去っても、アスシー人は唄を歌うだろうか。
それだけに止めることが出来るだろうか。

本作はネイティブアメリカンを強く想起させる。
ル=グウィンの父が「イシ」という最後のネイティブアメリカンを保護していたことも。
そして、その後の歴史も。



「アオサギの眼」

これは「女の話」だ。
覚悟をもって生きる力。

舞台は惑星ヴィクトリア。
資本主義のヴィクトリア・シティーと社会主義のシャンティー・タウン。
人々はこのどちらかに属して暮らしている。

主人公のラズ・マリーナは、シティーで暮らしながら、シャンティーに強い興味を持っている。
シャンティーのレヴに出会ってからは、シティーでの生活や考え方に疑問を抱くようになった。

シティーはタウンを支配したがっている。
それは己の肯定を根本から覆す恐怖ゆえなのだが、認めようとはしない。
だから、コロニーが大きくなり移住しようとするだけで、シティーの人々には脅威に映る。
暴力で抑え込もうとする。

話し合いに持ち込むタウン側だが、遂には武力蜂起に至る。
責任の発端がラズにあることも、本人はよく解っている。
ただ、それは投じられた石のひとつに過ぎない。

ラズは暴力でしか解決できない男たちを目の当たりにする。


「(略)だってかれは男だったから。男ってそういうことするでしょう。理由はみなあとでつけるのだわ」


「アオサギの眼」は「ラズの眼」だ。
この“アオサギ”は地球の鳥ではない。
美しい池に住んでいる、美しい生き物。
シティーの住民はなんでもかんでも「地球ふう」にしたいだけで、自分たちの事も「セニョール」「セニョーラ」と呼び合う。

ラズは思う。
地球の名前を使っているなんておかしい。
ヴィクトリアなんて名前もおかしい。

ぎゅっと強く土を握って、手の上に土の球を作るラズ。


「これが神なのよ」
「これがわたし。そしてあなた。ほかの隊員たちでもあるのよ。そして山でもある。わたしたちみな……ひとつの円なのだわ」



様々な決意を含むセリフだ。
そして、新しく生きていく覚悟を、こんな美しいことばで表す。


「今夜は踊ると思うわ」







| アーシュラ・K. ル=グウィン | 02:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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